リグレイガム上陸
大正5年には森下仁丹本舗がパテントだけとって、実際は仁丹ガムを製造しなかったという説や、ガム基材を輸入して試作品は作ったという説があります。
昭和34年の業界紙紙上にては、森下仁丹の森下安氏が、「先代(昭和18年死去)が大正5年に仁丹ガムを出した」と語っています。
昭和10年には江崎グリコと共同で試験的につくったそうです。
仁丹もガムもロの中を爽やかにする点では似かよっており、仁丹を開発した森下氏がガムに注目することはもつともでしょう。
さてリグレイですが、これは明治末期には輸入されていたという説もありますが、確実な日本進出時期は大正4年10月です。
先述のように大正5年4月に発売との説も広く流布されているようですが、大正4年10月12日の朝日新聞にはすでにリグレーの広告が出稿されているから、5年説は「大正5年4月に資本金5千円で法人設立」のことと混同していると思います。
また昭和11年には明治製菓がリグレーガムを輸入販売していました(社内資料による)。
一包5枚入りで10銭でした。
業界紙によればリグレーのガムが初輸入されたのは大正4年とされており・・・
「この年初めて、森永製菓を退社した多久島辰次氏によってリグレーチウインガムが輸入され大々的に宣伝を始めた」
と、輸入した方の名称まで挙げています。