ガムが認識されだす大正年間
大正7年の井上十吉の「井上英和大辞典」にガムは、「樹脂質にして子ども等の噛むものかみ菓子」と出ています。
大正13年の紅玉堂「活用現代新語辞典」では、「ゴムと薄荷と砂糖を原料として作った煙草代用の菓子」とあります。
大正初期には、辞書に載るくらいには市民権を得てきたらしいですね。
大正に入って、京都の笹友商店がシガレット形の模造品ガムを作りますが失敗したとも伝えられていますが、これは製造を失敗したのか、販売が時期尚早だったかは不明。
大阪では小林禎二が苦心を重ねましたが、何年経っても実らなかったといいます。
大正7年11月、東京菓子新聞は米国ハーシー社を紹介し、「近ごろは更にチウインガムの製造をも開始している」と報じています。
大正9年6月、森永はチウインガムを製造開始しました。
大正15年には明治製菓「ガムドロップ」、森永製菓「ガムドロップス」が相次いで発売されていますが、これがガムであるかどうか不明です。
というのも、両社とも社史の中で特にこれがガムだとはいっていないのです。
