木材利用の変遷 3
終戦後、33年頃までは、いわゆるバラックの建築ラッシュ時代が続きました。
その資材として、天然林だけでは追いつかず、明治40年頃から大正10年頃にかけて、宮内省の御料林と農林省山林局(戦後合併して林野庁となる)の国有林が実行した特別経営事業の本格的人工造林地からの間伐材がピンチヒッターとして重用されました。
さらに細丸太は土木、坑木用材、足易や稲掛用材などとして余すところなく用いられ、月毎に高値を更新する有様でした。
さらに板材不足のため、はじめて外材(ラワン材)が輸入され、ベニヤ板として急速に需用が増大したのです。
35年頃から以降は経済事情も逐次好転し、一般の生活事情も安定するとともに、建築需要も本格化して急上昇するに至りました。
たまたま特別経営事業の造林地が柱材として利用可能の主伐時代に入ったため、大増伐時代へと進んだのです。
それはまだ外貨の少ない時代であり極力国産材ですませたいですし、他方需給ひっ迫のため材価は急上昇するので、政府としても物価を鎮静化するため、林野庁の特別会計制度を無視して大増伐を指令したものです。
これは当時としては重要な国策でもあったわけです。