木材利用の変遷 4
ところが、これがのちに特別会計制度、そして林野庁の財政を狂わせた第一番の引金となっていることを理解してほしいのです。
なぜなら国有林の特別会計制度の主要目的は国有林野事業を恒続させることを基本としているのです。
そして木曽ヒノキや秋田スギといった高価な天然林や唯一の特別経営事業の人工造林地は限られた量しかなく、これらを伐りつくせばこれに代わるものは全くないのです。
こうして、国有林野事業は永い冬眠期に入ってしまうわけです。
40年代に入ると木材需用はますます増大し、国産材では全く足りないため、アメリカ材、カナダ材、そしてソ連材と針葉樹材の輸入が急速に拡大しました。
50年代には日本の建築用材林の蓄積は急激に減少するのですが、わが世の春を謳歌していた国産材は価格面でも安い外材に太刀打ちできない時代を迎えたのです。
また戦後、燃料は薪を主体に、木炭も石炭同様、黒ダイヤと称されたほどでしたが、30年代後半には一般家庭用燃料は都市部は都市ガス、地方はプロパンガスが急速に普及し、電熱利用器具の開発も加わったいわゆる燃料革命により、薪炭の需用は急減して、だれひとり燃料を山に求める者がなくなってしまったのです。
加えて、パルプ需用はふえても、原料は安い外材に依存するようになり、さらに直接パルプ輸入へと変わっていったため、マツが完全に見放されるとともに、広葉樹も薪炭、パルプ両面で見放され、林業の急激な衰退は驚くばかりとなったのです。
ここに全般に外材時代を迎えたわけです。
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